JA1FC藤室OMを偲んでみる


毎年8月になると思い出す偉大なるOMがいらっしゃいます。
お名前は藤室衛さんです。
以前に仕事関係でお世話になった藤室衛OM(JA1FC)について偲んでみたいと思います。
すでにサイレントキーとなってしまっているので、実際に話を聞くことはもうできませんが、藤室OMの話をすることで、その存在を思い出す機会にしたいと思います。

長身の好々爺が突如厳しい口調で、その後言葉を詰まらせる

藤室OMのことをご存じの方は、いかにOMが才能にあふれたフロンティア精神の豊かな方だと実感していると思います。
話をしていても、温厚な性格は初対面の相手の方でも伝わってきますし、色々な角度からの優れた分析能力に基づく的確は発言など、今でも鮮明に覚えています。

そんな藤室OMを巣鴨のJARL本部まで訪ねたとき、時期的に第2次世界大戦の話になると

あのとき露助の野郎が…
露助(ろすけ)とは、日本語におけるロシア人の蔑称。

今までみたことがないような語気を強めて発言されたあと、言葉を詰まらせたことを覚えています。
いつもの温厚な藤室OMとは違った一面を見た気持ちになりました。

そして藤室OMは話を続けました。

実は戦争で、目の前で親友がロシア兵に殺害されたと…

それ以来ロシア人のことを実は忌み嫌っていたということを告白されたのです。

すでに、その話を聞いたのは戦後50年が経過しようとしていたときでした。
戦後50年が経過しても、戦争が残した藤室OM心の傷は癒えることがありませんでした。
心の傷が癒えるどころか、親友との思い出も最悪な形のまま時間が止まっていたのです。

藤室OMの詳しい話は「週間BEACON」に掲載されていますので、興味のある方は読んでみてはいかがでしょうか?

※文中に差別的な言葉を使用しましたが、実際に会話の中で使用された言葉であり、藤室OMの心情を的確に表している言葉なので、あえて婉曲な表現にせずに使用致しました。


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